2013年11月20日 水曜日

ちょっと昔話。

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一昔前のこの時期はメキシコのすみっこに居ました、
そうBAJA1000です。

時代はバブル景気で、日本人ライダーも数多くエントリーしてました。
そういう自分もその流れにのったわけですが・・・
そもそものキッカケは勤めていた店の社長が行く予定だったのを
代理で行ったのですが、すっかりハマりまして・・・
もちろんメカニックとしてですが、だって走ると危ないでしょ(笑)
先日、当時から大変お世話になった方からリクエストをいただいたので、
今回はそんなことをつぶやいてみたりします。

 

海外レースのなかでも一番とっつきやすいのがBAJAでした、
費用的なものとか、日程的にも短かったり。
でも実際のレース自体は結構厳しかったりします。
路面もフラットなイメージがあるかもしれませんが
大きな岩がゴロゴロしてる山を越えたりとか
変化に富んでます。
それこそ雨でも降ろうものならたちまちドロドロに・・・
(94年あたりに一度降ったような覚えが・・・)

コースの難所もそうですが、地元住民のイタズラも危なかったりします。
鉄則としてギャラリーの多い場所はスローダウン、
落とし穴や罠が仕掛けてある可能性大、
調子に乗ってイイかっこしようとすると大怪我します。
私有地内を通る場合もあるので、ゲートでふさがれてしまうことも・・・。
そういうときには万国共通の"お気持ち"で対応(笑)
あまりゴネルと最後には鉄砲が出てくる可能性も・・・?

とまあ海外レースならよくあるようなことは抜きにして、とにかく楽しい!

BAJA=ナイトランのイメージで大口径のヘッドライトを想像しますが
コース設定によっては早朝スタートしてトップは日が暮れる頃にはゴールする時もありました。
でも大半はライトがないととても走れません。
日が沈むと同時に真っ暗闇の世界に変貌、
ライトを消すとホントに何も見えません。
そのかわりといっては何ですが空の星はスゴクきれいで
ず~っと見ていても飽きないくらい、
流れ星が落ちる瞬間を初めて見たのがBAJAでした。
あれ見せれば女の子喜びますね~(笑)

というわけでいかにライトを明るくするかが重要になるわけですが
みなさんそれぞれ苦労されてます。
当時はホンダXRとカワサキKXがほとんどで、
耐久性と改造費用の安価な理由でXRを選択するライダーが多く、
定番の改造パターンもありました。
大口径ヘッドライト、強化ジェネレーター、ボルトパック、ビックタンク、バークバスター等、
マルコムスミスやXR'Sオンリー、BAJAデザインズetc・・・
日本のパーツ屋さんもいろいろつくってましたね。
XRですとパーツも豊富で情報も多いので苦労しませんが
KXの時は苦労してます。
とりあえずUSカワサキからの情報が無いと、一線級のマシンはできません、
初めてKX500を使用する年は大変でした。
ラ・パスまでの縦断コースでしたので、プレランの予定を多くとって
かなり前から現地入りしたのですが、
実際に走行してみると当初の予定よりもかなり手を加えないとならなくなり、
既にプレランで現地入りしてるUSカワサキのピットへ行って
直接ワークスマシンを見ながら情報を教えてもらい、
アメリカ本国までパーツを調達に行ってもらったり
現地でパーツを作ってもらったりしてようやく満足できる状態に。
ジェネレーター関係は二段構えでワークスマシンよりも発電量は多くなって
(当然ながら発電負荷は大きくなりますが)
本番が楽しみなくらいでした。
が・・・

本番ではスタート直後に焼き付いてリタイヤ(泣)・・・
最初のピットにて待っていたのですが、予定時間を過ぎても来ず、
後からスタートした同じチームのライダーから停まっていたと聞き、
レース本部に確認するとout of race状態。
状況を確かめようとすぐさまスタート地点のホテルまで戻ります。
焼きつき・・・本番前にピストンの当りを確認して組み直したのは自分・・・
チーム監督とライダーと同乗のクルマのなかでは生きた心地がしませんでした(泣)
もちろん皆さん大人なので若僧を責めるようなことは言いませんでしたけど(笑)
マシンを受け取り、すぐさまシリンダーを外すと見事な焼きつきでした。
原因は早朝の低い気温と路面から巻き上げる冷気でガスが薄い状態になったこと、
この当時はスタートから2キロくらい、アスファルトのメインストリートを走ってから
ダートコースへ入っていく設定でした。
ダートに入ってしまえばよかったのですが、早朝のアスファルトは冷たかったです・・・。
あとで分かったことですが、USカワサキなんかはスタート地点でウロウロ走りながら
ずっとエンジンを温めていたそうで、なんでラジエターに温度計がついていたのか理解しました。
オーバーヒート寸前まで水温を上げ、オーバークールを防ごうとしていたんです。
また、焼きつき対策の為にダブルメインジェットを装備。
名前はカッコイイですが、チョークノブをワイヤー式に変更しただけなんですけどね(笑)
アスファルト路面が終了するまでチョークを引いてガスを濃くしてたわけです。
ボーレゴのピットにいたワークスマシンにはついてなかったのに~(悔)
そんなのついてたら絶対質問攻めにしてたはず、日本語で!(笑)
という感じでその年のレースは終わってしまい、自分の未熟さを思い知らされたのでした。
そして翌年、リベンジするため仕事に一生懸命励みました(笑)

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*画像はUSカワサキのピットにて、キャブレターを交換してる 故 ダニー・ハメル、
数年後に、この地で帰らぬ人となってしまいます。
話したことはありませんでしたが人の良さそうな兄ちゃんでした、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

で、リベンジの年。
気合いを入れて、少し前より現地入り、プレランを開始。
マシンは昨年使用したものを日本で組み直したので新車同様、
パーツも換えながら念入りにセッティングをつめていきます。
ライダーが一流なので重箱の隅をつつくようにじっくりと・・・、
そして懸念の早朝スタートに備え、同条件にてテストを実行することに。
でもって再度やってしまいました・・・
2サイクル500ccの熱量はやっぱり半端ではありませんでした(泣)
ギリギリのセットを狙っていたので、ライダーも焼きつきを想定しながらの全開走行、
最小限の焼きつき状態で済みましたがシリンダーが1個パァです。
さすが元テストライダー、壊れるまで全開にしてくれます(笑)
おかげで貴重なデータはとれるのですが、チーム監督は渋い顔でした(笑)
この年はほかのライダーのマシンも含め、何回エンジンをバラしたのか忘れるくらい
いろいろ忙しかったです、?楽しかったのか(笑)?
そして本番当日、不安を抑えつつスタート地点からダートに入る付近でマシンを待ちます、
「キタ~ッ!!」(どっかの俳優じゃありません)
無事に通過したのを確認して交代ポイントまで移動、
ダートに入ってしまえば大丈夫と、すっかり安心しきってましたが
レースはそんなに甘くありませんでした・・・。
交代ポイントのUSカワサキのピットの端っこで待ちながら
トップから順当にやってくるライダーをチェックします。
しかし、予定時間を過ぎてもきません。
だんだんと、あとからスタートしているライダーが来始めます。
すると、けたたましい爆音とともにやってきました、
「あ、サイレンサー落ちた。」
スペアを用意して停まると同時に作業開始。
他のメンテも一緒にやっていると、USカワサキのクルーが手伝ってくれて
準備OK!さあエンジンスタート、
すると「え?」またもや爆音が・・・
見るとチャンバーの下側が割れてます、思わず
「チャンバー!」
と、USカワサキのクルーに向かって叫んでました(笑)
そうしたらFMFのパイプを持ってきたので、はぎ取るようにつかんで交換しました。
ライダーを送り出した後、地団駄踏みながら自己嫌悪・・・、
日本からわざわざFMFのチャンバーを持ってきてたのに~
プレランでのテスト比較の結果、ノーマルのパワー特性をライダーが気に入ったので
ノーマルチャンバーでいってたのですが、移動の荷物が多いのでかさばるものは
滞在先のホテルに置いてきていたのでした・・・。
まさかチャンバーが破けるとは・・・
USカワサキのクルーによると、モトクロスでの使用なら問題ないのだが
こういうデザートレースでの使い方だと破けるそうな・・・先に言ってくれ~(泣)
どうりでワークスやサテライトチームは社外品使ってるわけだ・・・(納得)
サイレンサーも純正は重いんでトラブルになると・・・、
はぁ~やっぱり実戦で使ってみないとわからんことばかりです。

それはともかく、このときのピットでの自分の行動があとになって妙な噂になっていったわけで・・・
USカワサキのクルーを顎でつかったとか、脅して部品を出させたとか・・・
事実は全然違うんです!(真剣)
まぁ確かに、周りで見てた他のスタッフの話ではUSカワサキのクルーが驚いてたらしいけど・・・
そういえばあのチャンバーは請求書きたのかな?


どうにかレースには復帰できたのだけれど、
やっぱり簡単には終わらせてもらえませんでした。
ナイトランになり、ようやくSPLジェネレーターの本領発揮!
車体に付けた大口径ライトに加え、ライダーのヘルメットにも小型ライトを装備!
ライダーの見たい方向を照らせる渾身の現地製作品(笑)
あとはゴールへ向けて一直線!
の予定が、またもやピットで待ちぼうけ。
やっとのことで後続ライダーから情報を得、ライダーは無事だけど
ライトが点かないので走れないとのこと、地元チームのピットで夜を明かしてから
自走するとの返答をもらい、車中泊でライダーを待ちました。

2ストのエンジン音とともに目を覚ますと無事なライダーの姿が・・・
寒いだろうと地元チームにもらったらしい民族衣装っぽい上着が
すごく似合ってかっこよかったのを覚えてます。
そのまま自走でゴール地点まで一緒にいき、この年のレースを終えました。

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翌年はKX250での参戦になりましたが、
500で得た実戦データはその後のBAJAや他のレースでも
役立つことがいっぱいありました。
今から思えば、こんな若僧によくマシンを任せてくれたものだと
チームやライダーの方々に感謝してます。

とまぁ、今回はこんな感じでどうですか?(笑)


 *なにせ昔のことなので、写真がみつからずに困りました。



 


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